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竜馬伝楽しんでいます。いろいろな竜馬の料理のされかたが楽しいです。主人公竜馬が福山さんで、失礼ながら訝しんだ人間ですが…見れば見るほどどんどん竜馬の顔になってきています。それ事態は楽しいですよ。だけど、自分はひねくれているので、単純には楽しめない。まず、幕末ってのはたった百五十年前のできごとなんですよ。かなり前に大河の新撰組ブームに盛り上がる、うら若き乙女に随行して京都巡りをしましたが、自分は逆にすごく切なくなりましたよ。たった百年少しで、本来の人の実像はここまで薄れてなくなってしまうのかと。落語家の林家志ん生さんの話では、その時代の人を記憶していられる限界ってのは、せいぜい2世代までなのだそうです。切ねぇよ。うら若き乙女さんたちが追い求めるのは、虚像ですから。実像には決して、永遠にそれに追い付くことはできない。永遠の片思いなんです。ええ、れっきとした乙女さんとのバトル勃発です。当時は他人の気持ちなんててんで分からなかったので、相手に合わせることしないんですよ。最悪な京都旅行でした…。もう二度と、乙女たちの夢に塩なんかふりかけるものか…。…お互いに無益なんだもの…ぶつぶつ…。…つくづく自分は冷めてる人間です。だけどいっぱい切ない思いもしてる。また別の切ない話をすると、日本はあの時代、最も近代化に成功した国なんですよ。竜馬のおかげでもある。逆に中国は二千年にもおける文化的優位性により自分たちが一番すごいんだという「中華思想」により、近代化のタイミングを逃す。アヘン戦争で物理的に負けるまでそれが抜け切らなかった。朝鮮半島も、それと同じです。タイミングの発揮と人材育成が果たせなかった。イスラム社会も同じです。アヤ・ソフィアを作った寛容的だったイスラム社会は衰退し、オスマン・トルコ帝国もまた衰退した。強者の利権問題に縛られて、近代化のチャンスを逃した。…歴史ってのはわずかなタイミングと、フライングの差なのです。…すごく切ないよ…。そんでもって、列強にとって日本なんて、本音ではどーでもよかったんですよ。相手はどーでもよかったのに、竜馬たちは躍起になってたわけですね。…さて、そしてさらに切ないのは幕末後の時代の後を知ってるからです。ざっと言えば、幕末後の明治・大正時代の華やかな民権運動は、帝国主義の軍国主義に爆砕されるからです。自分たちは幕末世代の直系の文化ではないんですよ。現代日本人が幕末に憧れるのは、恐怖政治下のフランス・ナポレオンが民主政治時代のローマに憧れるのと同じ原理です。当時のフランスはファッションまでローマブームが流行って、薄着のトーガを模したドレスを着る婦人が後をたたなかった。外見はエロいし、なにより寒いフランスでは風邪をひいて死んでしまう婦人があとを経たなかった。現代のダイエットと同じですよ。男性にとってはこれ以上きれいになってどーなんだと思うのに、女性はもっと痩せたいと思う。拒食症になっても、便利だと思ってしまう。死ぬのも、綺麗になるなら構わないっていうすごい人がいる。乙女は論理や理屈ではわりきれないスゲー生き物なのです。さて、話がそれましたが、今回の話のキモ。幕末ってのは、竜馬や新撰組以外にもちらほらと散逸されたお話があるので、同一目線で見てくださいってことです。「蝶々婦人」もフィクションながら実情をある意味で表現されているのでいいのですが…。今回新しく知ったのは「下田物語」です。ざっくり言うと、幕末の日本でケガをしたイギリス人が看病する看護婦を欲しがったんですよ。だけど当時、日本には看護婦という概念はなかった。だから、外国人相手の娼婦だとまわりが認識したんですよ。それを知らずに看護婦をした元芸者の女性があちこちで差別されて、婚約者とは破局。酒に溺れ最後には自殺。死んだ後も弔う場所を拒否されて、遺体を埋める場所を探すのに困ったということです。幕末は現実の女性には厳しいんですよ。んで、後世の日本人は悲劇が好きなものだから、演歌に歌われたりして有名な話になった。勝手なものですよ。自分はひねくれているので、こういう話を聞くととても頭にきて仕方がないのです。すげぇ頭にくるし、切なくなる。悔しいから、こういうのを、ずっと覚えておくのです。

重そうでどうも候補はデジャヴュだけどあんなに伸びなくて良いコカコーラや、スタービーチケンタッキーフライドチキンの製法は、特許ではなく「企業秘密」になっている。コカコーラの製法は、世界で5人ぐらいしか知らず、この5人は決して飛行機に同乗しないのだという。(いわずもがなだが、全員が死ぬとコカコーラがつくれなくなるから)製法を世界で5人しか知らないにもかかわらず、あれだけ全世界で大量生産するにはどんな魔法を使っているのかとても気になるところだが、それはさておき、コカコーラが自社独自の知的財産を特許ではなく「企業秘密」として保存している理由は、「他社に絶対に追随されない」という深い自信があるからである。それにくらべて、薬剤はどんなに開発費をかけて新薬を作っても、いずれ他の製薬会社に追随されるであろうから、その製法を特許として公開し、ロイヤリティビジネスで稼ぐことを主眼にしている。企業秘密と特許にはそのような違いがあるのだが、共通項もある。それは、「製法が第三者に知れてしまえば容易にマネされてしまう」というところである。それに比べて、たとえば野球のバッティングの技術は、長島茂雄氏のような達人がどんなに一生懸命その製法()を余人に伝えようとしても、容易に伝わらないし、マネもできない。開発者にとっては、その技術詳細を秘密にしようと思ったり、権利化して稼ごうとかミミッチイことなど寸分も考えていないのに、肝腎な